今年3月、徳間書店から日蓮聖人を描いたマンガが発売されました。
『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』を生み出した編集者 佐渡島庸平氏と日蓮宗が監修し、やじまけんじ氏が執筆しました。一般の本屋さんで発売されている漫画書籍です。
Amazonなどでも購入できますので、気になる方はお手に取ってみてください。
以下、ネタバレにならない程度に紹介いたします。
※本書での記述にならい日蓮聖人の敬称を一部省略しています。また、この記事は妙栄寺副住職の嫁が書いております。
あらすじ
今から800年前。
武士政権が朝廷を破った承久の乱。そこから始まる鎌倉時代は混迷を極めた時代でした。
地震、洪水、飢饉、疫病…さまざまな天災により人々は疲弊し、死んで極楽浄土に行くことだけが人々の希望でした。
そんな時代に、「生きる」ことを説いた僧侶がいました。
日蓮宗開祖 日蓮。
「末法」と断じたあの時代、彼は一体何に怒り、何と闘い、何を憂いたのか……
別れ、青春、老い、親子など、800年前から現在に通じる8つの物語を通して、布教に明け暮れた日蓮のひたむきな姿を描きます。
感想
宗祖(各宗派の開祖)といわれる偉大な人物は幾人かおりますが、日蓮聖人ほど一般の方がもつイメージが分かれる人物は珍しいと思われます。
1つは日蓮宗の開祖として人々の悩みに耳を傾け諭した、優しく包み込む「母の姿」。
もう1つは国家や在来仏教を苛烈に批判し法華経の布教に生涯を捧げた「父の姿」です。
この2つのイメージは、本来同一人物に対して持たれるはずのない相反するイメージです。
しかし日蓮聖人というのは不思議な人で、このイメージが矛盾なく同居する稀有な人物で、それが現在に至るまで人の心を惹きつける所以でもあります。
ところが本書は一般的に持たれているその2つのイメージを大きく覆し、言うなれば「兄としての日蓮聖人」という第3の姿を見出したものでした。
当山にも日蓮聖人の生涯を題材にしたマンガは何冊かありますが、いずれも出てくるのは肖像画や仏像で見るような壮年~晩年の威厳がありどっしりと構えたシブい日蓮聖人です。
対して本書で描かれる日蓮聖人はひょろりと細く、20代から30代ほどに思われるようなひょうきんで快活な「お兄さん」というような風貌。まず、そのギャップに驚きました。
しかしなるほど、読み進めていくと、この本は親のお葬式や法事を経て仏教を意識し始めた50歳以降向けの仏教指南書ではなく、今このとき正に人生に悩み、苦しみ、不安の渦中にいる10~20代の若年層と目線を合わせて描かれていることが分かります。
「立正安国論」「四大法難」のような日蓮聖人の代表的なエピソードをあえて省き、仏教の専門的な文言を避け、誰もが持つ悩みや苦しみに寄り添い、諭し続けた姿を描くことで、唯一出てくる『南無妙法蓮華経』というお題目の力強さと、日蓮聖人がお題目に込め続けた意味の深さを知ることとなります。
「あなたは尊い」
なんの見返りも条件もなく、そんな言葉を誰かにかけた事はあるでしょうか。
経済が下降し、疫病(コロナ)が流行し、人が人を疑い、陰で傷つけあう現代を、本書は鎌倉時代と同じく「残念な世界」と断じています。
目まぐるしく社会が変化していくと、昨日まで価値があったものが、今日は無価値になってしまったり、価値の低いものが突然価値を持ったりすることが頻繁に起こります。
そんな中「確かな価値観」を持てない人々は、あらゆる物の価値を「天秤」にかけて測ろうとするでしょう。
それはやがて「人そのもの」にも及びます。「自分より残念な人間」を探し、天秤にかけて、糾弾し、排除することでしか、自分の価値を誇ることができなくなっていくのです。
排除された人々はまた、この世界で振り落とされずに生きる人々を恨みます。
残念な世界はさらにその色を濃く深くしていきます。
「南無妙法蓮華経」
800年前、日蓮聖人が説いたこのお題目を、本書では「あなたは尊い」と訳しています。
あなたは尊い。
たとえあなたが間違いを起こしたとしても
誰かを傷つけていたとしても
その場しのぎの嘘ばかりついていたとしても
信じるものが何も無くなってしまったとしても
あなたがいま生きていること
それだけであなたは尊い。
「南無妙法蓮華経」(あなたは尊い)
「南無妙法蓮華経」(わたしは尊い)
日蓮宗の寺院にかかわる者としての姿勢を教わるとともに、現代日本で悩みながら生きる一人の人間として、ハッとさせられた作品でした。
本は8章からなり、漫画部分だけでいくと40分ほど。解説部分を含めると2時間ほどで読み終わります。
「しばらく本なんて読んでないし」という方は、漫画部分から読んでみては?
字が大きく、解説も語り掛けるような文体で非常に読みやすいので、お子様がいらっしゃるお家はおうちの本棚にそっと置いてみるだけでも良いのではないでしょうか☺
「読んだよ~!」という方は、SNSなどでお知らせ頂けると喜びます(^^♪
(お寺にも2冊置いておきます~)